ちょっと、というか、かなり真面目な話です
読んで、おもしろくなかったらすみません
今、「サステナビリティ(持続可能性)」について学んでいる
でも正直、最初はとても抽象的な言葉だと感じていた
「それって、何をすること?」
と、よく聞かれる
シンプルに言えば
「未来につながる社会の“仕組み”」をどう作るか
ということだと思っている
経済、文化、環境、スポーツ、自然から
さらには個人の暮らし方や価値観まで
社会の大きな仕組みから日常の小さな習慣まで、すべてが関係している
先日、市役所のスタッフによる講義があった
そこでは、サステナビリティの考え方が
子どもを通じて、社会や身の回りの環境と自然につながっていた

クライストチャーチ(ニュージーランドを含む)では
「環境を大切にしたい」という思いが
社会の中に自然に存在しているように感じる
頭で理解するというより
体感として身についているという印象
そして、その思いは
トレイルへの気配りや整備、プランティング(植栽)といった形で、実際の行動として表れている
これは特筆すべきことで素晴らしい

では、日本はどうか
少し違う形でサステナビリティが現れているように思う
例えばゴミの問題
こちらでは、「どうリサイクルするか」に意識が向いている
一方、日本では「どうゴミを出さないか」
という考え方が日常にある
分別
食べきる文化
そして「もったいない」の考え方
これらは理念というより、生活の一部となっている
ここで面白い違いに気づいた
クライストチャーチでは、「環境を大切にしたい」という思いが、社会の中に自然に存在している
そして、それは
トレイル整備やプランティングといった形で
地域の活動として表れている
一方、日本では、この思いが
分別や食べきる習慣など
日常生活の中で別の形として現れやすくなっている
言い換えるなら
クライストチャーチは、「体験やコミュニティ活動を通して価値観が育まれる社会」
それに対して日本(特に京都市のような都市)は、「制度や習慣を通して日常の行動に表れやすい社会」
どちらが良いという話ではない
両方とも、すでにそれぞれの形でサステナビリティをうまく実践している
ただ、その表れ方が違うということ
価値観があり、行動が続く社会
体験と習慣の両立
日本の「もったいない」の感覚
これらをこちらの体験型の学びと組み合わせることができたら
サステナビリティは、理念ではなく日常になるのではないか
そんなことを考えた
うーん、頭の中が混乱する
それだけに…
これを英語で説明するのは、やっぱり難しい
I was confused by the differences in sustainable mindsets between Christchurch and Japan, including Kyoto.
These differences made it hard for me to explain my thoughts clearly.

