1964年、海と山に囲まれた兵庫県香住町(現香美町)生まれ。 現在、京都市に住む宿院 雅広(しゅくいん まさひろ)と申します。子どもの頃は、毎日海や山で遊び回り、いつも真っ黒け。身体を動かすことが好きで、 気がつけば中学・高校・大学と野球漬けの日々。戦績はイマイチでしたが、チームで何かを成し遂げる楽しさだけは、しっかり身体に染み込み、今も息づいています。写真は生まれ育った実家のすぐ前からの景色です。

| 回り道だらけの前半戦
大学入学も就職も回り道をしながら、卒業後は京都市にある科学館に勤務。展示品づくりやプラネタリウムで星の解説をしながら「伝えること」の面白さを学びました。 それなりに忙しくも楽しい日々でしたが、ときどき、「自分の人生はこのままでいいのか」と思うこともありました。
| 身体にブレーキ、頭はフル回転
不整脈がひどくて耐えられなくなり、55歳のときに心臓の手術で軽い脳梗塞の合併症誘発、翌年さらに悪化してもう一度心臓の手術。さらに57歳で腎臓結石の手術。さすがにここで立ち止まり、「これからの時間をどう使うか」を本気で考えることになりました。
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| 遅すぎる? いいえ、ちょうどいい挑戦
少しでも早く、元気なうちに昔やりたかったことをやろうと早期退職を決意し、58歳で退職。そして、心の片隅にしまっていた「海外自転車旅」と「ニュージーランド大学院」という学生時代の夢を、引っ張り出してみることにしました。
| なぜ、この挑戦?
よく聞かれます。なぜ海外自転車旅?なぜニュージーランド? 理由はいろいろありますが、強いて言えば、「大学生の時に抱いた夢を、そのまま放置しておけなかった」というのが一番正直なところです。
| なぜ海外自転車旅?
学生時代の旅は、行ける範囲も限られていました。ならば今度は、もう少し遠くへ。自転車なら、速すぎず、遅すぎず、 風や匂い、土地の起伏をそのまま身体で受け取れます。キャンプをしながら、自転車で見知らぬ世界を巡ってみたい、そんな思いを大学生時代に抱き、海外自転車旅につながりました。
| なぜニュージーランドの大学院?
高校生のときにテレビで見たニュージーランドの景色を、自分の目で見たいと思い、大学生のとき、テント担いで1か月ニュージーランドを旅しました。その途中で出会った自然に、すっかり魅せられてしまい「いつか、ここで暮らしてみたい。できれば学んでみたい」そんな思いを、ずっと心の奥にしまったまま、時が過ぎていきました。 60歳を前にして、その引き出しを開けみようと思った、という感じです。
| ニュージーランドの大学院で何を学ぶ?
トライアスロンクラブの仲間と始めたトレイルランニング大会(「花背トレイルラン」)の運営で、何度も考えました。「これ、来年もできる?」施設の使用、地元や警察との調整、スタッフの確保、選手の募集や安全管理、資金計画など、続けていくための課題を考えているうちに「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉に出会いました。ニュージーランドは自然を活用したアクティビティが活発で、環境先進国、そこで、これをちゃんと勉強してみたいと思ったわけです。
| 大学院を出たあと何をする?
前述のトレイルランの大会の運営は、後進に道を譲りましたので、次は「サステナビリティ」をコンセプトに新しいことを立ち上げてみたいと考えています。構想はありますが、具体的なことはまだ考えていません。それまでに大ごけするかもしれませんので。というより、そこまで元気でいられるかどうか…。ともかく、ゆくゆくは社会に貢献できることをしたいなぁと思っています。
| 迷いながらも、前へ
迷いは今もあります。 不安も含めて、たぶん、これからも。 果たして早期退職してよかったのか、「海外自転車旅」も「ニュージーランド大学院」も無謀ではないのか。正直、失敗したらかっこ悪いからとホームページを作ることをためらいました。ブログも続けられるかどうかわからないし。でもダメだったら、いさぎよく撤退するのも、笑って報告するのも、それもまた人生。「ゆっくりでも前に進めば道は拓く」と信じて、 気負わず前に進んでいます。
| このサイトについて
このサイトは、そんな歩みを忘れないための記録であり、同時に、これから何かを始めたいと思っている方への小さなエールでもあります。うまくいかない話の方がきっと多いと思いますが、それも含めて、ありのままでいいのではないかと思っています。
何に悩み、どんな壁にぶつかり、果たして乗り越えられるのか…
泣いたり、笑ったり、悔しがったり…
そんな「泥臭いリアル」をホームページに記録し、ブログで発信していきます。
転びながら、笑いながら、 ときに涙しながらも、今日も、明日も「えっちらおっちら」進みます。
